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プログラマ人生

 私は大学の建築学科を卒業し、意匠と言われる建築のデザインを専門としている人間であるが、学生のころよりシステム開発やWEBなどを始めてとするグラフィックデザインも手がけているため、初めてお会いする方は私をシステムの専門教育を受けた人間つまりSEやプログラマが本業と勘違いされるとこが多い。

 悲しいことではあるが、正確には両方とも専門なんであるが、建築の設計等を行う際、私のそのもうひとつの専門であるシステムが邪魔をする。というより、建築に対しても私はデジタルな人間だと印象を受けるみたいだ。

 私は小学校4年生つまり10歳のころファミリーコンピュータという任天堂社から出ていたゲーム機が流行していたこ頃プログラミングの習得を始めた。

 なぜ、この20年以上も前のWindowsもないこの頃にそんなことを小学生が始めたかというと、笑い話のようであるが、誕生日に私の両親がこのファミコンをプレゼントしてあげようと、家族4人で車に乗り込み私はわくわくしながらこのファミコンと呼ばれるゲーム機を購入しに行こうとした時に理由の発端がある。

 車で出ようとしたそのとき、郵便配達のおじさんが我が家になにやら一通の封書を投げ込んだ。すると、母がファミコンを購入しに行って帰ってきてから見ればいいものを、丁寧にも今から出かけると言うときに車からいちいち降りてその封書を取りに行った。

 母が車に乗り込みその封書を開けて車を戻せ!といい始めた。子供心に「え!今からファミコン買いに行くのになぜ?」とわくわくからどよどよとした不安に駆られたものだ。

 どうやらその封書が原因らしい。なにを隠そうその封書の中身は私の塾での成績だったようだ。最悪の点数をはじき出したらしい私の成績表、その成績表のおかげで、私のプログラマ人生が始まってしまった。

 勉強に差し支えるということで、ファミコンはおじゃんToT・・・でも、そのとき父が余りに落胆しきっている私を見てかわいそうに思ったのかなぜかパソコンを購入してやると言い出した。当時パソコンはあまり普及していなかったため、ゲームを買おうにも普及率の低さのためファミコンほどゲームは安くなく、小学生のお小遣い程度では到底買えないほど高かった。

 しかし、子供というのは研究熱心というか無尽蔵にある時間に物を言わせ、プログラムのTIPS集を購入して自分でプログラムしてゲームを作ろうという行為を思いつく。ゲームが1本7,800とか1万円とかという20以上前の子供にはびっくりなゲームの価格に対して、このTIPS集といおうのは月刊誌ながら480円とお手ごろだったため、小学生のつきの小遣いからでも十分おつりが来た。

 そのTIPS集を駆使しながら、ゲームを作り始めたこれが私のプログラマ人生の始まりだ。

 当時のパソコンはありがたいことに、起動するといきなりBASICやC言語といわれるマシーン語を打ち込める優れものだったためプログラムツールがはじめから入っていたのだ。いまと違ってOSもないのでこのようなことが当たり前だったのだが、それが後の仕事に大きく影響するとははなはだ考えてもいなかった。

 今のようにIT化の進んだ世の中になり助かっている。

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