中国活動家、尖閣諸島に接近

中国の活動家が28日尖閣諸島に近づいたあと日本側の追尾で中国側に逃げていった事件で、日本は中国に尖閣諸島は日本の固有の領土であるという主張に、「受け入れられない、日本に冷静な対応を求める」とコメントしたらしい。

日本政府はなにをしてるんだ!!

その活動家を即射殺した後中国に核爆弾を4~5発くらい見舞ってやれ!!

これ以上中国を調子付かせてどうする?

がんばらんかい福田くん!

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事業の多角化

最近本当に分からなくなってきた。

今まで、仕事といえば、スタンドアローンでこなしてきた私。

だけど、独立してからそれだけでは商売としてなり辛くなってきた。

出来れば着の身着のままで、自分ひとりで完結する会社が一番いいと思っていたのだけど、ここ最近の世の中の動きをみていると商売というかビジネスをするうえで中途半端な規模でやることほど困難なことはない。

どういうことかというと、たとえは大店舗法改正とかで、大きなスーパーが郊外のみならず、都市部にまで乱立する光景をよく目にするようになってきた。

その上、地域に無関心な若い世代をターゲットにした安価なマンションの建設ラッシュ。

まず、この組み合わせで街づくりの基礎が出来上がってくる。

すると、当然対面方式でものを販売していた、小さな商店には客が来なくなる。

私の会社は実は商店街の一角に存在するのだが、その商店街が軒並みシャッターが下ろされていっているのだ。下ろされるだけならばまだいい、その店舗を売って商店街に建売の一軒家が建ち始めた。

逆にそんななか新たに店を出品する人がいる。みたところ、外からみて客が入ってにぎわっているようには見えない店舗であるが、なぜか品揃えがだんだん増えていき、明らかに商売の質が向上し、隆盛を極めている雰囲気になってきている。

従来からある店でも、なんか客が入っていないんだけれども商売が順調に見える店が多い。

同じ界隈で商売をしているのに、なぜシャッターを閉めたり突然建売になっているところがあれば、そうでなく隆盛を誇る店も存在しているのか?かなり疑問だったが、なぞはスグに解けた、シャッターの閉まった店と順調な店の名前をネットで検索してみた。

シャッターの閉まった店というのは、店舗のホームページどころか、口コミ情報での話題にすら上っていない。逆に順調な店はネットショップで検索によって上位に名前が出てきている。その違いだったようだ。

あきらかに、実店舗での売り上げはそうでもなくとも、客が地域ではなく全国だったから生き残っているようだ。

ネットという一つの商売のツールを使ったか使ってないか?が一つの分岐点であったように思う。しかし、幸か不幸か、ネットに不向きな商売をしている人はネット時代によって瞬殺されたようにも思う。

逆にネットで出来ない商売だからこそ残っているお店もあることも感じる。

テレビは大企業にとっての宣伝ツールとして商売を動かしたが、我々一般人の商売には影響しなかった。しかし、ネットと大店舗法改正というダブルパンチは一気に商売そのものを変えてしまったように思う。

私の仕事もメインの事業は最近伸び悩みはじめている。そんな中私の周りにいる、私より年配な人々は、今の商売についていけないとなぜか私のところに相談にくる。

石材屋さんが他の商売に鞍替えしたいとか、陶器を扱う方がなにか別の商売もしくは別な売り方ができないか?などといったことを相談にこられる。これ以外にも結婚ビジネスに関して相談に乗って欲しいという案件まで出てくる。どれも根本としては同じなんだけれども、こういった相談をする人たちって私がネットビジネスを構築することを仕事にしているから相談にくるんだけど、何か一番根本をわすれている。

ネットを使えば、魔法の様に物が売れる様になると思っていたり、初期投資なしに商売の質を変えれると思っているという点だ。

ネットになれば全自動で商売が構築されるとも思っている。なんて人たちだ!といつも一喝する。

建材としての石材をネットビジネスに対応させようとするならば、そのままでは売れない!!

石を細かく切断して表札のイージーオーダーシステムを構築するとか、石細工で照明を製作して売るとか、石で看板を作りますとか、売り方というものを考えるところは、ネットであれ、リアルであれ一緒なんだということ。

それに、ネットで売るには、決済のシステムを構築しないといけないし、商材を売るためのカタログの変わりになるコピーやらホームページを作成しないといけない。実店舗を作るより割安にはなるが、初期投資はいるのだ。なかなか初期投資の金額の話にならないからおかしいと思っていくらあなたはこの企画にお金をかけるきですか?って聞くと100万円だという。

「はぁ?」って感じだった。

実店舗を構築するのに私が試算しただけでも、最低850万円必要であることがわかった。

しかし、ネットショップにしたところで店舗の内装費や家賃と保証金くらいがなくなるだけで、商売には最低内装費の300万円と家賃3ヶ月として48万円、保証金の120万円を差っぴいても382万円は必要ということになる。ひょっとすると、自分のところで遊ばせている人員をそのネットの方に裂くことが出来るか?といった問題もあるのだから新たに時給800円の子を雇ったとして一日6,400円の月20日計算で3ヶ月として384,000円掛かるわけだ。

俺は錬金術師ではない、しかもその事業構築のために自分は動かないで私が全部動いてくれると思っている。そらぁ、コンサル料金をもらってやるならそれもやるけど、儲かりだしてから利益を折半なんていってくるんだけど、100万円程度の出資で折半では私は合わない、そんなに儲かるんだったら、この人から材料仕入れて自分で出資して人を雇ってやったら材料費だけその人に儲けわたすだけでいいんだから、なにもこの人と組む必要もない。

あまりに自分のいいようにしか考えれないこの人たちにあきれて言い返す気もおきずに、お帰りをって言ってしまう。

多くが団塊の世代の経営者の方ばかりなのだが、あまりに護送船団方式の業界的考えと、苦労は若いものがするべきなんて幻想を未だに抱いている人たちが、今商売がダメになって路頭に迷う手前にいるようだ。

この人たちと組んで事業の多角化を計ったとしても、私はどう考えても儲かるとは思えない。

自分が動いてなんぼなんである。

50歳になったんだからもう苦労はしたくないなんて考え今のサラリーマンでも通じない、サラリーマンは通じなくても、最低の給料はもらえる。けれど、この経営者のおっちゃんたちは、その月の給料すらない状況になり会社の運転資金だけでも赤字になり、首をくくらないといけない現実が後ろから忍び寄っているのに、のんきにもまだ、他人が勝手に仕事をつくってくれるとか利益を作ってくれるなんてことが考えられているのが信じられない。くちではケツに火がついているとはいうのだけど。行動はぜんぜんのんきなものとしか感じられない。

これから、どれだけ多くのこういった人たちが、食べていけずに自殺なんてことになるのか、行く末は心配だ。

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再三にわたる大学病院のミスによる父の死

 大阪市立大学付属病院 泌尿器科

 それは私にとって忌むべき存在。

 私の父は三年前血尿が出てこの病院の診察を受ける事になった。

 そのとき父は腎臓結石という診断を受けた。

 それから一年してまた血尿がでた。また同じ様にこの病院の診察を

 受けた。末期に近いガンだと診断された。早期の手術が必要と言わ

 れる。膀胱や尿膜管全てを取る必要性があるといわれる。

 納得いかず、セカンドオピニオンを受けることにする。(別の病院の意

 見を聞くこと)そこでの診断は膀胱温存で開腹した際の状況により全

 摘出もありうるとの診断だった。だが、加えて、血尿が一年前に出て

 いるのに膀胱鏡をしていないのは信じられないといわれた。

 さらに、身内に医師が数人いるので相談したら、セカンドオピオンをし

 た医師とほぼ同意見であった。

 父は膀胱鏡をしなかった大阪市立大学のT医師に悔しいながら、ほぼ

 同じ結果なら完全に取るべきだと判断、設備の一番整っている市大で

 の手術しかないだろうと決断した。しかし、このT医師実は大阪市立大

 学の生え抜きで、誤診をかわす為か別のZ医師に担当を替えたこのZ

 医師は市大出身者ではない。ようは誤診を恐れたのか尻拭いをさせる

 為の要員らしい。その後は、Z医師の診断を受け誰が執刀するんですか?

 と聞けばこのZ医師も責任を取りたくないのかぼかして明確に答えない

 さらに、医局の教授は白い巨塔バリに教授回診とかいうイベントで父の

 元にたまにやって来ては、手術したらすぐ元の生活にもどれるよと軽い

 感じで挨拶してくしまつ。他の病院の先生に聞けば執刀医を誰か告げ

 ないなんて信じられないことらしいし、泌尿器科で一番大きな手術をす

 るのに、そんな簡単にものをいう医者を信じられないと言われた。

 その後父は9時間にも及ぶ手術を受けた。だが、その後父と病院で仲

 良くなった人は前立腺の摘出手術を受けたのに、関係のない腸に穴を

 開けられ人工肛門をつけないといけないようになって、病院と揉めて訴

 える寸前の状況になったり。父本人も院内感染に見舞われる(これで

 確実に寿命が縮んだ)ことになり。さらには菌がまだなくなっていない

 のに患部を縫い合わせたりとむちゃくちゃにされた。その後ガンが骨盤

 内に転移した。ガンとは取り除く際に散るらしく腕の悪い医者が執刀す

 ると散りやすく、すなわち転移しやすくなるらしい。命の危険を感じた父

 はこの病院での治療を行いたくないという。別の病院に移ったが、市大

 での放射線を当てた量が多かったらしく、転移したガンを手術するのは

 無理と言われた。仕方なく私は少ししかない望みの元、日本医科大学

 の丸山ワクチンを父に接種する事を勧め転院した病院で一日置きに注

 射してもらった。ガンと診断されてから、2年亡くなる最後の1週間だけ

 は苦しみ夜中に毎日私が泊り込んだのだが、力を振り絞り痛さに耐え

 起きてベッドに四つんばいになったり。動き回った。見ていて涙が止ま

 らなかった。モルヒネ(麻薬の一種)を打ち幻覚と理性の中「お前だけは

 許さん!」と怒鳴った。「お前ってT医師のことか?」と聞くと恐ろしい顔

 をしながら目の前に幻覚として対峙している人間を睨みつけるように頷

 いた。声の出なくなった父が声を振り絞り「そうや」と言った。

 それは、散々希望を持たすような事を言いながら裏切られ続けた病院

 に対する怒りであったのだろう。父をただのモルモットにしかみていない

 心の通わぬ医療に対する怒り。よその病院の先生は触診をした、触診

 は医師として基本だと思う。それをこの病院はしない。たまに患部の近く

 に手が行くとこの病院の医師は気違いのごとく石鹸をつけてしつこく手を

 洗う、院内感染を防ぐためというより、汚いものに触ったからきれいにしな

 ければという感じだ。

 だが、むなしいかなT医師は生え抜きであるために守られているのか失

 敗をしたにも関わらず、当時講師だったのに今は助教授に出世している。

 私は悔しくて仕方がない。だが、これを医療過誤と言ってはいけないのだ

 ろう。三年前に血尿が出たとき、他の病院に行っていればよかったのだろ

 う。ただ、これはヘボな病院にかかった親父の不運だったということなんだ

 ろう。手術をしてから、この病院のこの医局がヘボだということを聞いた。

 よそで診察を受けていれば、よそで手術していればと後悔の日々である。

 ミス・・・人の命にミスはありえない。

 だが、不幸中の幸いで転院した病院が良かった。先生も看護婦さんも血

 の通った心のある病院だった為最後は救われた。父が亡くなったとき転

 院先の先生や看護師さんたちは私と同じに泣いてくださった。父も最期に

 涙ながらに看護師さんや先生に「スンマセンなぁ。ありがとう」と声をかけ

 ていた。

 思わずそんな言葉を聞くと看護師さんや先生も大粒の涙をこぼしていた。

 私も普段私にそんなことをいったことのない父が「スマンなぁ」と大粒の涙

 を流しながら私に声をかけてきた。「なんもスマンことないよ」というと父は

 目を閉じて眠りに入った。私は心の中で「今までの恩に比べれば俺は何

 もしてないのと同じや」と思いながら大学まで行かしてもらい、ろくな恩返

 しもできていない自分を悔いた。それから数日後、父がトイレに行きたい

 といい、看護師さんと一緒に車椅子でトイレに連れて行くとトイレのなかで

 最後の用ををたし、立ち上がった瞬間父は帰らぬ人となった。

 

 


 

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ライブドアブログからお引越し

 ライブドアショックから逃げるためにお引越ししたわけではないのですが、最近怪しい詐欺まがいのトラックバックが多いのでお引越ししました。
 ネタ、出来次第随時アップしていこうと思います。

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